医療法人葵会にしだJクリニック

岸和田市|内科・ペインクリニック・リハビリテーション科・訪問診療・訪問看護・在宅ホスピス

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DIARY2

その77令和3年7月29日

乳がんの胸膜転移は,よく乾いた咳が出る。体を起こす度、話す度、食事する度、咳が出る。でも、彼女に麻薬性鎮咳薬はよく効いた。麻薬性鎮痛剤とともに増やせば咳で苦しむことは少なくなった。褒めてもらえると思って訪問診察に行くと、なぜだか怒っている。「先生、私はこんなこと望んでない。もっとわからんようになるまで眠らせてほしいの。」無理難題言いながら、その毅然とした態度に圧倒される。「折角家に帰ってきたのに、何もわからんくらい眠ってしまったらあかんやん?!。」と抗戦するが、「もうな、十分お別れは言うた。あとは眠ってたいんや。死ぬのん早うして終わらしてほしいんや。」

無茶言うわ~、まだ全身状態の良い状態から鎮静かけるなんてやったことない。でも少しずつ薬を増やしていった。訪問時、声をかけてみる。綺麗なお顔の目がぱっと開いて、悲しい表情をする。「寝かしてくれへんのやったら、舌噛みます。」彼女は本気だ。「眠れる森の美女みたいに起きられなくなっていいのね?!」彼女は大きくうなずく。

昼間から眠らせていると、夜間に覚醒して、勝手にトイレに行こうとして転けてたりする。夜には更に強い眠剤を使って眠らせた。2週間もすると、訪問診察時の呼名にも反応しなくなった。満足気に眠っている。娘達はお別れが近づいていることを実感するのか、泣きながら介護している。頭では判っているけど、無性に淋しいのだと。

「息してないように思います」コールの誤報が3回くらいあって、10日間かけて血圧が落ちていった。本当に静かに息が止まったのは、訪問開始から1ヶ月経っていた。68歳、まだ若く美しい死顔だった。