岸和田市|内科・ペインクリニック・リハビリテーション科・訪問診療・訪問看護・在宅ホスピス
夏の到来を実感する6月のある日、彼は訪問診療の申し込みに来た。結婚はまだしていない彼女が子宮頸癌と診断され、病院で治療を受けている。手術の傷が開いたままだから助けて欲しい。病院は信用ならん、丸山ワクチンや免疫療法で頑張るから医学的に管理して欲しい。以上が彼の言い分だった。
43歳になる彼女は、長い手足を持て余すようにTシャツ短パン姿で、テレビの前のベッドで横になっていた。けだるそうにしているが、普通に起きあがってしゃべれる。気前よくバッとお腹を開けて見せてくれると、手術痕がパックリと開いていて赤黒いものが垂れ流しになっていた。むせるような臭いがする。家には大きな猫が4匹もいて、飲みかけの缶ジュースやたばこの吸い殻が散らかっていた。その日は、大学病院から退院したばかりで、病棟で教えてもらってきたという傷の処置の仕方にも手を妬いていた。
まずは開いている創部を手術してくれ、と彼は言った。しかし、癌が皮膚まで広がって開いてしまったのだから、縫い合わせても閉鎖出来ないことは明らかだった。出来ることからしよう、と私は言った。傷にはパウチを当てて毎日交換、毎日入浴もして、清潔に過ごそう。薬は気まぐれでなく、定期的にきちんと飲もう。食事内容も検討しよう。食べられないなら工夫をしよう、栄養補助食品も取り入れよう。朝にはちゃんと着替えて、出来るだけベッドから離れて過ごそう…。
それから9ヶ月、いろんな事があった。鬱病が悪化したり、重症貧血になったり、薬で手の震えや幻覚が出たり…。その度に二人で乗り切り、療養を続けた。最期まで結婚できなかったけれど、彼がいたから「精一杯生き抜けた」んだろうと思う。