岸和田市|内科・ペインクリニック・リハビリテーション科・訪問診療・訪問看護・在宅ホスピス
「先生、おうちのこと終わってから来ていいよ。」と、彼女はいつも言った。「おうちのこと」とは、院内の仕事のこと。独り暮らしの夜更かし癖のある彼女は、夜遅い訪問診察をむしろ歓迎してくれた。夜間の見回りも兼ねて、丁度いいか、ゆっくり話も出来るし。「先生来てから眠剤飲むから、慌てんと来てや。」夜9時を過ぎることもしばしば。
ぬくそうな毛糸の派手なカーディガンがトレードマーク。少しの身体の移動だけでも息が切れる重症の喘息。一緒に在宅療養していた旦那さんを見送ってからは、独り、デイケアの利用や、ヘルパーさんと訪問看護師に支えられて、日々を過ごす。
ある日、大量の血便。大腸カメラ検査で大腸癌と診断され開腹切除術。人工肛門を作ってもらって帰ってきた。87歳の彼女が、新しいことに慣れるには時間がかかる。漏れてくる便の対処や、周囲の皮膚のただれに難渋する。
「先生に任せといたら、安心や。」とおだてながら、身の回りの全てのことを私達に投げてくる。ほとんど毎日のように訪問看護が入り、衣食住のお手伝いをしなければならなかった。その一方で、「何でも頼んで、ごめんなさい。」と神妙な表情を見せる。「死ぬまでここにおいとかせてくれて、ありがとうな。」と。
最期はあっけなかった。肺炎をこじらせての呼吸不全だった。望み通り日常の中で、朝ヘルパーさんが見つけた。前夜の診察の時に笑っていた顔のまんまだった。