竜胆     (りんどう)

 

膵臓癌は見つかりにくい癌の一つですが、H氏の場合も、見つかった時には既に末期状態でした。できるなら最期まで家で看てあげたいという御家族のご希望から、近医から紹介して頂いた患者様でした。

初めて訪問させていただいた時から、なんだか会話がしっくりいかないと感じました。訪問診療開始後、まもなく痴呆症状の悪化がみられました。ひと時もじっとしていられない彼を、本当にきちんと最期までお世話できるのかという不安は、ご家族の協力的な、愛情にあふれた介護の姿が払拭して下さいました。ベッド上にじっとしていられず、歩行も不安定なので這って移動している彼を、ご家族は一切制限せず、広い部屋の中を自由に動いてもらっていました。それは、とても根気のいる、気の長い対処法です。危なくないように後ろをついて動き、壁にもたれたところで話しかけて、その合間に食卓に誘導し食事、オムツなどで排泄のお世話をするのです。入院していれば、病棟ではとても自由に這い回る事など出来ないのですから、在宅ならではの介護方法だったと思います。私たちも、精一杯、体の保清、排泄の管理、食事の指導や疼痛の管理に努めました。痴呆症状ゆえに、ご本人と直接コミュニケーションは十分取れなかったのですが、その分、御家族の方と十分に話し合い、お付き合いさせていただきました。

そんなある時、週明けに訪問してみると、全身状態が悪化していました。食べ物等が気管に流れ込んだための誤嚥性肺炎でした。早急に、御自宅に濃縮酸素器、気管吸引器、吸入器などを設置し、点滴治療を開始しました。御家族の献身的な介護もあり、一時は持ち直すかにみえましたが、意外に早く最期の時を迎えました。その日は、朝から少し様子が違うなと御家族が気付かれました。私たちが連絡を受け、駆けつけてまもなく、静かに眠るように息を引き取られました。最期は御家族みんなに見守られ、本当に幸せな静かな最期だったと思います。


                                  

                                          〜 看 護 婦 手 記 〜

                                                                                                                                                            

  笑顔  

  優しい目



 


 

戻る