ガーベラ

“紹介はしていただきましたが、私はまだ元気です。それに、家へ先生や看護婦さんたちに来て頂くと、そんなに重病なの?と、御近所の方が心配なさるから、暫くは私が点滴を受けに来ます。”と。確かに一見とても健康そうな彼女に、無理に在宅管理をとは薦めないことにしました。

67歳の彼女は、肺癌の一種で大きな塊を作らずにリンパ管に沿って増殖していく癌に冒されていました。胸部のX線写真では網状にもやがかかったような像を呈していました。大きな腫瘤もないのでそんなに重症には見えないのですが、腋下のリンパ節は瘤々とし、前胸部の皮膚に赤黒く広がった転移巣がありました。かなり進行している状態で、今後はきめ細かい全身管理をしてもらうことが必要だからと、在宅診療を薦められて当クリニックに紹介されていらっしゃったのでした。

しかし彼女は、検査データからはおよそ想像できないほどお元気でした。ただ前胸部に広がる赤くただれたような発赤疹をいつも気にされて、見た目はひどいのに痛くも痒くもない事が余計に不安な様子でした。点滴しながらご自分の胸を撫でて、“恐ろしい事が起こりそうな気がして怖いんです”と悲しそうなお顔で嘆かれました。でも私が努めて明るく“大丈夫です、これを憂いても気に病むだけですよ、触らないようにして忘れていましょう”と説明すると、素直に頷かれました。それからは本当に何かがふっ切れたように、娘さんと次々と楽しい計画を立てられました。旅行をなさったり、ショッピングをしたり、まるで残りの時間を惜しむかのように、毎日充実した日々を過ごされていました。

そろそろ体力に限界がきているかもしれないと、私が気にかけ始めて間もなくの休日、旦那様から緊急連絡が入りました。洗面所の前でへたり込んで動けなくなっていると。慌てて訪問させていただくと、目がうつろで、左半身に力が入らず、ろれつが回らず言葉がはっきりしない、昨日までとはまるで違う彼女がいました。しかし、点滴などの処置が済むとある程度回復されました。ものすごい生命力です。その日、その後に外食しに行ったと後日お聞きしました。しかし、その日から日毎に状態は悪くなっていきました。頻回の訪問診療を開始しましたが、亡くなる前々日迄、介助してもらってポータブルトイレへ移って排泄され、毅然とした態度でいらっしゃいました。私達は驚かされるばかりでした。

紹介してくださった先生の名を呼び、私を“紹介して下さって本当にありがとうございました、こうして家にいられるのはそのお陰です”とうわごとのように、繰り返し繰り返し私共に感謝の言葉をくださいました。今でも、その握り締められた手の感触を思い出すたび、涙がこぼれます。最期まで、本当に見事に生き抜かれました。私もいつかそうありたいと、今を一生懸命生きていきます。

心より御冥福をお祈り致します。


                                          〜 看 護 婦 手 記 〜

                                     ●女性らしさ

 

                                     ●輝き

 

 


 

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