輝き  

 紹介状に書かれた主な内容は、67歳女性、肺癌による右肺部分切除術後、発病より3年経過ののち末期状態、余命1.2ヶ月とありました。全身管理のための訪問依頼でした。

 しかし、この紹介状を持参し外来にいらしたご主人は、「本人は、元気にしております。近所の目もあるので、訪問は結構です。外来に通いたいと言っています。」と話されました。このお話を聞いた私は、末期の患者様を外来でどこまでお世話出来るのだろうかと思いました。先生ともよく相談し、次のことを提案しました。1)急変時に備えて一度訪問させて頂く、ただし私達は私服に着替えてお伺いする。2)まずは状態を見ながら外来での治療をさせて頂き、必要と判断すればすぐ訪問診療に移行する。ご主人もご本人も、それならと納得して下さいました。

 ご自宅の場所と状態を見せていただくために初めて訪問し、お会いした彼女は、ニコニコと優しく微笑まれ、私達を迎えてくれました。社交的な性格の方だなというのが、第一印象です。家の中は、見事に掃除がいきわたり、綺麗に整頓されたかわいい小物や絵が飾られています。そして、それらは彼女自身の作品ばかりであるとか、旅行を国内外問わずよくなさっていたとか、話を聞けば聞くほど多趣味で、活動的な方でした。その後の外来通院でもお見かけする度に、「娘と旅行に行きたいので、次の予約は明後日にします。」「昨日は、外食をして来ました。」等と、とてもお元気そうに楽しそうに話されていました。

 しかし、通院を始められ2ヶ月を迎えようとしていた休日、先生の元に連絡が入りました。急な発熱でした。点滴治療が施されましたが、この発熱は明らかに病状の悪化を示すものでした。それでも、ご本人は「明日からまた外来に通います。」と仰います。先生は「症状が落ち着くまで、ご無理なさらないで、訪問での治療をしばらく続けさせて下さい。」と説得され、了解頂きました。

 彼女に残された時間は、残り僅かでした。ベッドやポータブルトイレの手配、酸素の導入などが、慌ただしく行われました。あと私達に出来ることは、少しでも気持ちよくご自宅で過ごされるよう、お顔や体を拭いたり、着がえをお手伝いしたり、その程度ではなかったかと思います。彼女は、気丈にも抱きかかえられながらも最期までトイレで用を足されました。彼女らしい姿でした。

 短い在宅診療・看護でしたから、関わる時間が少なかった事をとても残念に思いました。患者さんとしてだけではなく、一人の女性として、人生の先輩として、もっと色々なお話をお聞きしたかったと思いました。ギリギリまでの外来通院、短い訪問看護、その中で私は彼女ともっと違う関わり方もあったのではないかと思い、先生の外来での診療記録を読み返してみました。やはりそこには、「新聞の(肺癌の)記事を読んでいたら怖くなった。先のことを考えると不安です。でも半分は覚悟が出来ています。」などと所々に辛い悲しい心境が吐露されています。いつも明るく振る舞われていた彼女、先生に正直に不安をぶつける彼女、どちらも本当の姿なのです。もっと色々な角度から患者さんと向き合い、お世話させて頂きたかったと思います。

 『より良く生きる』ということを改めて考えさせて下さった、彼女のご冥福を心よりお祈り申しあげます。

 

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