岸和田市|内科・ペインクリニック・リハビリテーション科・訪問診療・訪問看護・在宅ホスピス
彼が左頬粘膜上皮癌と診断されてから、10年が経っていました。抗がん剤と放射線療法で、一度は完治と判断されていましたが、8年後再び口腔内潰瘍が出来、再発しました。同じく抗がん剤と放射線療法を受けましたが、期待するほどの効果は無く、皮膚がどんどん癌に冒されて、切除もしていないのに左顔に大きな穴が空いていました。
口が塞がらないため食事も出来ない、薬も飲めない、喉から出た空気は言葉にもならない、厳しい状況でした。それでも手足は動かせるし、歩行も入浴も自分で出来ました。気丈にパートで勤める妻を送り出し、昼間は一人で家で療養されていました。病院で、一度せん妄を起こしたことで、入院療養を嫌っていました。
訪問看護師は毎日伺い、顔の傷を洗い続けました。擦ると出血し痛がるので、消毒液のスプレーをかけ続けました。意識も思考もしっかりしている中、不安も不満もあったでしょうに、彼はただただ静かに過ごしていました。それは長く続くかのように思えました。
しかし痛みが強くなり、止血しにくくなって、急に全身状態が悪化しました。それからは、あっという間でした。奥様のパートを休むタイミングも、痛みのコントロールも、上出来でした。でも彼は、心の準備、出来てたのかしら。「これ以上長くなるのは酷」と、私達が勝手に思っていたのではないのかしら。
「あの顔で、あっちでいじめられないかな…。」旅立った夫を思いやる奥様に、「悪いものは全部置いていったから、大丈夫だよ。」と、笑っている綺麗な彼の顔を思い描く私達でした。