医療法人にしだJクリニック

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DIARY2

その9平成25年10月11日

47歳という若さだと、死について考えたこともなかったと思う。より若い奥様と中高大学生の3人の子供達、とても仲のいい家族。誰もが、お父さんの病気はやがては治るものと信じていて、お父さんの手がうまく動かなくても、全然立てなくても、「生きていて」と願っていた。

無情にも、C型肝炎ウイルスはお酒大好きな性分と相まって、肝硬変や肝細胞癌を誘発した。肋骨や頚椎に転移し、やがて背髄を蝕んだ。下大静脈から右心房にかけて大きな腫瘍を作り、それがいつ心臓や肺を詰まらせるかわからない危険があった。感覚のない足が疼くように痛み、麻薬性鎮痛剤が欠かせなかった。

それでも彼の最期の時間は充実していた。2泊3日で白浜へ旅行した。贅沢をたくさんした。何より子供達が手取り足取りお世話をしてくれたことが嬉しかったと言った。夜中にラーメンを食べに行ったりした。家族は、悲しい事実を否認し続けて、楽しい時間だけを望んだ。

その日も、たこ焼きとアイスを買って、家まで待ちきれずに車で食べた。家に着いた途端、突然汗をかいて苦しいとあがき始めた。私は、夜中に駆けつけて、点滴とモルヒネを何本もうった。病状は一旦落ち着いた。

翌日同じ事が起こった。家族は慌てて救急車を呼んだ。私が着いた時には、救急隊員が蘇生をしていて、子供達が母に詰め寄っていた。「予想出来たことだったら、もっと早く教えてよ。」「知っていれば、もっと大事な話もしたかった」と。私は、何度も病状を説明し、死と向き合う毎日のつもりでいた。でも、この現実を真っ向から受け止めるには、彼らはまだ若すぎたのかもしれない。