お別れの瞬間
初めてお会いした彼は、とてもにこやかに私たちを迎えてくださいました。
退院し家に戻れたことをとても喜び、「これからも病院に通うん、しんどい思てたから、来てもらえたら助かるよ」と。しかし私たちは、彼の病状から、彼に残された時間はとても少ないと焦りを感じました。その時間の中で私たちにどんなお世話が出来るのだろうかと。退院された時点でのご家族の意向は、「出来るだけ家に居させてあげたいけど、家で看取ることは不安で、いよいよその時が来たら病院で最後を迎えさせたい」というものでした。そして実際にその瞬間は、急ぎ足で訪れたのです。
訪問開始後まもなく、毎日の点滴が始まり、強く表れ始めた不穏症状にご家族の不安も急速に膨らんでいきました。私たちが訪問を重ねるうちに、「家に戻れたことをあんなに喜んでいたのだから、最後まで家で看てあげられたら…」と献身的にお世話なさる奥様のお気持ちに変化がみられました。ただ、「同居している息子夫婦に迷惑を掛けては申し訳ない」との思いから「最期まで家で看る」とは言い出せずにいたのです。そう感じた私たちは、息子さんにお話しすることにしました。息子さんは、先生からのお話に「そのつもりで親父を家に連れて帰って来ました。可能であれば最期まで家に置いておきたい」と。そして「家族なのだから」と。その力強い言葉に、奥様はとても喜ばれ、家でのお見送りを決心なさいました。もちろん、全ての不安がご家族の中から消えたわけではありません。不穏症状と意識障害のため、ご家族の不眠に近い看病が続きました。私たちは、頻回に、そして連絡の入った時は少しでも早く家に向かいました。それが、ご本人とご家族の不安を少しでも和らげる方法だと信じて。
そして、ご家族が家での看取りを決心なさるのを待っていらしたかのように、訪問開始から僅か二週間で、彼は旅立たれました。奥様のお話では、彼はご病気をなさってからずっと、残される奥様をとても心配しておられたそうです。きっと、奥様も一緒になって協力し合っているご家族みんなに見送られた彼は、安心して旅立たれたと思います。
今にして思えば、ご家族の決心に助けられたのは、私たちも同じでした。病状が急変していく彼をあのまま病院にお連れしなければならないとなると、私たちにもきっとたくさんの悔いが残った事でしょう。それほど彼の在宅の闘病時間は少なく、私たちが彼に信頼されて最期の時間を預けて頂くには十分ではなかったのです。最後までお世話させて頂き、本当にありがとうございました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。