向日葵(ひまわり)

本当に家まで来て、家で診てくれるの?と、半信半疑で、奥様が訪問依頼に来院されました。市民病院の外来通院に体力を消耗する夫を見て、何かよい方法はないかと探し相談されて、御紹介されての事でした。

肺癌の肝臓転移、もう既に肝機能はかなり低下していました。血液検査データや、画像検査フィルムからは、きっともう歩けないくらいに体力が落ちてしまっているのではないかと思われました。でも、初めて訪問したその日、彼は何事もないかのように、お茶を飲みながら居間に座っていらっしゃいました。全身にはかなり強い黄疸が出ていましたが、少し暗い部屋の中では、それもそう気にならないのでした。でも、余命は短いと思いました。診察すると、肺野全体に著明に肺雑音が聴かれ、横になると呼吸困難となる起坐呼吸をされていました。奥様にその事を説明すると、とても不安そうな顔をなさいました。そして、“私一人では無理よ、いざとなれば救急車を呼ぶわーと。でも、その話しぶりと表情には、最期まで家で看れるのなら看てあげたいという気持ちが見え隠れしていました。専門職の私達でさえ、自分の身内を家で一人で看取るのは大変で、ためらいのある事だと思います。奥様一人には荷が重過ぎると思いました。でもご長男夫婦と同居なのだから、家族が協力し合えれば可能だと考えました。

立って下着を着替えることができていたのは束の間、あっという間に肝性昏睡になりました。ご長男にクリニックまで来て頂き、病状を説明し、今後は家族の協力が得られるのならば家で看取る事も可能だと話しました。ご両親が不安ながらもそれを望まれている事、もうあまり時間がない事、そんな現状を理解され、快く一緒に家で看ていく事を約束してくださいました。

段々呼吸がしにくくなり、起坐呼吸が楽なように介護ベッドを導入し、酸素濃縮器を設置しました。痰が気管を塞がないように、吸引器、吸入器も設置し、使用方法を説明しました。たくさんの器械に最初は戸惑っていた奥様も息子さんご夫婦も、最期の時までには使う事ができるようになっていました。交代で、ご家族みんなでしっかり介護されていました。家族が一つになって、それは残されてしまう奥様が、これからも家族みんなに支えてもらいながら生きていけるようにと配慮した、彼の優しさだったのかもしれないと、私は勝手なことを考えていました。

意識が遠のきながらも、大好きだったお酒を手酌で飲む仕草を繰り返されていました。今でもその姿が目に浮かびます。最期まで我儘な姿が似合う彼は、訪問開始からたった2週間で、でも家族みんなに見守られながら、静かに息を引き取られました。


                                  

                                          〜 看 護 婦 手 記 〜

                                                                                                                                                            

お別れの瞬間 



 


 

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