精一杯

6月20日、紹介状を持ってお嫁さんが、訪問依頼に来られました。患者様は、70歳の女性で、長男さんの御家族と同居、肺腺癌で骨に転移していて、既に癌末期の方でした。しかし、本人には告知はされていませんでした。

初めての訪問では、居間に座っておられ、「何でも自分でできます。でも、声が出にくく、詰まった感じがあり、食欲はありません。咳をすると、背中が痛いです。」と、しっかりとご自分の訴えをお話しされました。お顔は白くふっくらとして餅肌でおっとりした感じなのに、一家を支えてこられた人だけあって、お話しなさるとお顔とは対照的に芯がしっかり通っている方だという印象を受けました。

7月4日、入浴できなくなったので、清拭と足浴をしました。「とても気持ちよかったわ、ありがとう。」と、今まで距離があった様な感じがありましたが、この時を境に私達と彼女との間が縮まった様に思えて、とてもうれしかったのを鮮明に覚えています。

ところが、7月5日に呼吸苦を訴え、在宅酸素が開始となりました。癌性疼痛に対して、麻薬を使用していましたので、便秘がちで排便管理も重要でした。下剤を使うと頻回にトイレに行きたくなり、でも彼女は痛みを我慢して、ポータブルトイレに移乗されていました。しかし、みるみるうちに体力が落ち、7月8日が最後の自力での移乗でした。お食事も、少しずつ喉を通らなくなっていきました。お嫁さんは、何かしてあげられることはないのか?何をすればいいのか?と、日々葛藤され、涙する事もありましたが、本当にお義母様の事を大切に思って、お世話をされていました。

7月10日に、彼女は「座らせて下さい。」と言われました。ご家族一人一人に、お礼とお別れの言葉を言われました。その姿はとても立派でした。思わず私の目にも、涙が浮かび、止めることができませんでした。

それから数日間、彼女は必死に病気と闘いました。それをサポートするように、お嫁さんも必死に頑張っていらっしゃいました。ご家族の皆様が家で看取る事は初めてで、不安が沢山残っているようでした。その中で、彼女の病状が変化して、また不安が積もるといった状態でした。しかし、いつでも私達が根気よくサポートしました。不安について詳しく聞き、出来る限りのアドバイスをしました。いつも、患者様自身だけでなく、介護者のご家族に対しても繊細な配慮をし、大きな転帰への心構えを作っていく事を心がけています。それは、ご家族は在宅診療において、なくてはならない存在だからです。

7月16日13時50分、ご家族が見守る中、彼女は静かに息を引き取られました。穏やかなお顔でした。家に帰ってきてから、彼女は最後の命を全うしたように思えます。

お嫁さん、ご家族の皆様、本当にお疲れ様でした。一緒にお世話させて頂いて、ありがとうございました。

お母さん、安らかにお眠り下さい。心より、ご冥福をお祈りしています。

 

                               戻る