夫婦

70歳男性、肺癌、発病後約2年経過の後、多発性脳転移、骨転移。これ以上の積極的な治療の適応なしとの紹介状を携え、奥様が当クリニックへ面談に来られたのは、今年の5月のことです。

 突然の転院を前主治医に告げられた奥様は、とても動揺されていました。初めは「こんな状態になって退院するように言われて、どうしたらよいか、分かりません。」「私たちは、夫婦二人きりです。どこか二人で海の見える病院にでも移って、最後の時を過ごそうかとも思っています。」と、突然に泣き出されました。そんな奥様に先生は、「希望されるような病院がすぐに見つかるとは、限りません。ご本人にとっては、住み慣れたご自宅が一番ではないでしょうか?」「私達が24時間いつでも必要なときにサポートします。お手伝いさせて頂けませんか?」とお話されました。その言葉に奥様は、家での看病を決心され、私たちの訪問が始まりました。

 初めてお会いした彼は、どこかぼんやりとした視線でしたが、自己紹介した私の顔を見つめて、はにかんだ笑顔を見せてくれました。しかし、病状としては脳転移による脳浮腫の症状もみられ、毎日の点滴が欠かせない状態にありました。それから連日の訪問となりましたが、介護者が奥様一人である事を考えると、私達の看護だけでは奥様の介護負担を軽減出来ないのではないかと思われました。ヘルパーさんに来て貰うことを提案すると、「他人様が、家に来られるのは抵抗があるし、主人に様態が悪いと気づかれてしまうかも。」と奥様は、躊躇されていましたが、「本人が少しでも楽になるなら。」と受け入れて下さいました。それからは、「家事援助(居室の掃除・食事の用意など)」と「身体介護(清拭・排泄介助など)」「入浴介助」に、ヘルパーさんが、時には私達も同行しながら携わってくれることになりました。

 それでも、奥様の疲労が見え隠れします。やはり、変化する病状に、 日前からも側に居られる奥様の不安も大きかったのでしょう。(大丈夫かしら?私に出来るかしら?」と、泣いてしまわれる事も度々です。正直、私は、「このままでは、奥様は在宅を諦めてしまわれるのでは?」と思いました。しかし、奥様は奥様なりに気持ちを奮い立たせ、何より大好きな旦那様のために(実際私達は、ご主人に「愛してる!」とささやかれる姿を目撃?しました!)、一日一日を頑張られました。

 彼は、約三ヶ月の在宅療養の後、奥様に見守られながら、静かに息を引き取られました。本当に静かな旅立ちだったとのことです。夫婦二人きり…。奥様は、私達の心配を見事に裏切り?、最愛のご主人を最期までご自宅で介護なさったのです。本当によく頑張られたと思います。

そ して、親身にお世話し、時には私達の気づかないところで奥様の支えになって下さったヘルパーさん、ありがとうございました。

 

 

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