大黒柱

 

「看護婦さんの顔がぼやけるんやぁ、嫌やわぁ、、、。」そう言いながら私を見る。肺癌末期、脳転移のある患者さんを真正面にして一体何と答えればいいのかわからない。私は少し苦笑いしながら、うなずきはぐらかすしかない。

 彼は54歳。まだ世間では働き盛りの年代。家の大黒柱が病気になると、ただでさえ家族には経済的負担が重くのしかかるのに、医療費が後追いする。末期の癌であっても、医療保険は3割負担で請求されるのである。だから、彼は一人で居た。癌の肺浸潤で呼吸状態が悪くなって酸素カヌラを装着するようになっても、少々きつい痛みが襲ってきても、一人で心細くても、愛猫やラジオ相手に毎日を一人で過ごしていた。訪問看護の帰り際、終末期の余命短い大切な時間をたった一人で過ごしてもらっていいのだろうかといつも思っていた。奥さんは言った。「休んでやりたいけど、あんまり休むと仕事がなくなるから、、、。」子供達にもそれぞれの生活があった。

私達は何とか少しでも気晴らしになればと、大好きな映画の話をしたりビデオを観たり、散髪に行ったり、一緒におやつを食べながら、団欒した。「甥の結婚式におしゃれして出席するんや。いなかから親戚がたくさん出てくるから、会うのが楽しみや。」それを目標にもして、彼は頑張っていた。

 だけど、思っていたより早い時期に呼吸状態が悪化し彼は亡くなられた。最期だけは、共に看護師をしている息子さんや娘さんに見守られ、亡くなられた。

 若い世代が癌になる。高齢者が癌になるのとはまた違う状況や思いがあった。皆、生きていくのに一生懸命。思うようにならない現実がそこにあった。

 今も、映画の話をしてくれた時のキラキラ輝いた目を思い出す。少しぶっきらぼうで、ほっとけない感じのかわいい人。天国で、いっぱい映画観て楽しんでくれてるといいな。

 

心よりご冥福をお祈りします。

 

                 

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