紫陽花(あじさい)

 

亡くなられた後、御霊前に御挨拶に行ってご霊前の写真を見た時、あぁこんな笑顔を見せる人だったんだと初めて知ったというくらい、彼の在宅闘病生活は短いものでした。家業を継ぎ、ずっと一緒にお仕事されてきた息子さんが、癌末期の状態でほぼ寝たきりになってしまった父に、それでも精一杯の事をしてやりたいと、家につれて帰って来られたのでした。息子さんは「まだまだ教えてもらう事があるのに。」「親父でなけりゃ出来ない仕事もたくさんあるのに。」と、嘆き悲しみました。仕事の合間に、いつも私達の訪問に合わせて家に戻って下さり、何かしら父のためにできることはないかと、熱心に尋ねられました。

訪問初日、帰って来れて良かったですねと声をかけると、彼はつぶやくように、“病院の方が良かったよ”と仰いました。その笑わない真剣なまなざしから、ご自分の病状をしっかりと受け止めていらっしゃるのがよくわかりました。今更、自分のために、御家族に負担をかける事が精神的にかなり重荷だったようでした。

短期間の内に、肺癌は確実に進行し、彼の呼吸状態を悪化させていきました。苦しくても痛くても、訊かないと何も訴えない彼でした。あまりの努力呼吸を見かねて、「かなり苦しいと感じていらっしゃるはずです。少し意識を落としてあげましょう。もう、死はそんなに遠くありません」と、ご家族皆を前にして、現在の病状と今後の見通しをお話させていただきました。皆で涙して、そしてしっかり家で彼の死を見届けようと話されました。

その2日後の早朝。“気がついたら息をしていませんでした…”と奥様から連絡が入りました。凛とした落ち着いた声でした。雨が多くなる前ぶれのように紫陽花の花が咲き誇る通りを抜けて駆けつけると、静かに旅立たれた彼が、静かに横になっていらっしゃいました。きりっと結んだ口元がとても印象的でした。一番彼らしいと、息子さんが選んだ作業服を身にまとうと、まるでそのまま物静かにお仕事に向かわれるようでした。

    本当にご立派な最期でした。心より御冥福をお祈り致します。


                                  

                                                〜 看 護 婦 手 記 〜

                                                                                                                                               

                                   ●作業服 



 


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