桜  (さくら)

開業して2ヶ月目に、在宅ホスピスとして初めての在宅死を経験しました。

 患者様は、84歳男性、3年半前から腰下肢痛で、私の外来に通院されていました。毎週 通院していた彼が突然来院されなくなり、心配していたところ、内科で肺癌と診断され、大学付属病院で加療中と人伝えに知らされました。

約半年後、ひょっこり外来に現れた彼は、大変痩せておられました。“癌になってなー”と、御本人の口からでました。“それより腰と右の足が痛くてな”と、大学病院の整形外科受診の薦めを断って、私の外来を受診して下さったのでした。それは、それはうれしかったのを覚えています。

かねてより“死水(しにみず)は取ってなー”とおっしゃっていました。甥にあたる内科医師から、既に脳、仙骨に転移巣があると報告されました。外来通院が再開されてまもなく、自分でオシッコが出せなくなり、歩けなくなり、短期間のうちに立てなくなっていきました。肺癌の転移によるものだと、夢にも思っていない彼にとって、この現実は受け入れ難いものであったろうと思います。在宅医療に切り換える事をいくら薦めても、なかなか納得してくれませんでした。腰の治療にわざわざ医師が家に出向くという事が容認できないようでした。そのうち、麻薬でしか痛みがコントロールできなくなり、副作用の便秘と戦わなければいけない状態になった頃、ようやく周りのみんなが大変だからという理由で、半ば強制的に、在宅医療を開始しました。

 肺癌ということは知っていても、もう治ったと思っている彼は、状態が徐々に悪化していく事に対して、焦りと不安、医師に対する怒り、様々な感情があったと思います。でも、最期まで面と向かって、病状を問いただされる事はありませんでした。私から口頭での明らかな宣告はしませんでしたが、お互いの信頼関係の上に立って、決して病気が治らない事実は否定しませんでした。静かな告知であったと思います。今はあれがベストの形だったと思 っています。

 生きることへの執着は、最期までありました。でも、少しずつ少しずつ、家人と共に、死を迎える準備をしていかれました。家人に精一杯の介護を受け、毎日、私共に訪問でできる限りの医療を受け、本当に納得のいく形の終焉であったと思います。今思えば、「住み慣れた自宅で最期まで過ごさせて」という、在宅医療を開始した時に無言で交わした約束を果たすために一生懸命だったと思います。始まったばかりのクリニックで、不備な点もたくさんあったことでしょう。でも彼の最期の時をお世話させていただけて、とても大切な貴重な時間を過ごさせていただきました。この場を借りて、心よりお礼を申し上げ、ご冥福をお祈りいたします。

 


〜 看 護 婦 手 記 〜

                                                                                                                                                            

珠のように清潔な肌

笑顔

 


 

戻る