ユキヤナギ

 44歳という若さが、死さえも寄せ付けない精悍さを放っていました。胃癌を患い、5ヵ月。様々な抗癌剤治療に耐えたにもかかわらず、癌は肝臓に転移し胆道を閉塞させ身体を黄色に染めていました。しかし、眼光鋭く宙を見つめる様は、まだまだ癌と闘う姿勢の表れであったように思います。“あとは安寧に人生を終えられるように”と依頼され始まった訪問診療でしたが、まるで不必要だと言わんばかりの余裕が彼にはありました。

まだ小中学生の子供達は、学校から帰ってきて、いつもお父さんのベッドの近くにいました。彼は、他愛もない会話を大切そうに交わしていました。病人に見えてしまう点滴を嫌いました。入浴やひげ剃りも、“そのうち何とか自分でやろう”と本気で思っていて、奥様にも私達にもさせてくれませんでした。

夜が眠れなくなり、食べ物を受け付けなくなったので、少し点滴や薬を使わせてもらいました。貧血があまりに進行して、奥様が心配して懇願して輸血をさせてもらいました。少し元気が出ても、腹水で膨らんでしまったお腹に、彼は辟易している様子でした。

家に帰ってきて2週間め、朝から綺麗に全身を拭いてもらって、点滴を受けたその日。昼過ぎにトイレまで行き大量の下血。夕方にベッドで5回吐血。すさまじい状態のはずなのに、彼はいつも通りにベッド上でテレビを見ていました。でも、少しずつ血圧が下がっていました。家人は子供達を学校に迎えに行きました。元気に帰宅してきた子供達に、彼は“手を洗え”、“宿題しろ”と、いつものように声をかけ、その後、静かに呼吸が止まったそうです。

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