甜茶

 

 

以前勤めていた病院に顔面痛を訴えて受診されたのが、もう5年前。痩せて車椅子に座って、痛い痛いと顔を抱え込んでいらっしゃいました。典型的な三叉神経痛で、他覚的には何の異常も認めず、治療法はその神経を殺してしまうしかないという悲しい病気でした。ただひたすら顔が痛い痛いと言い続け、顎が動くのも辛いので、食事もろくに出来ないでいました。まだブロックの技術も十分でない私が主治医なのは、きっと大きな不安があったでしょうに、「先生に任せる」と言って下さり、気持ちよく永久ブロックを施行させていただきました。指導を受けながら、幸いにも上手く痛みだけを止める事ができ、彼女の生活はかなり改善しました。

それから2年後、再び顔が痛いと訴えて、今度は開業したクリニックに受診なさいました。ほとんど寝たきりになっていました。できるなら訪問診療して欲しいということでした。天涯孤独な方でしたが、お手伝いさんが24時間フルタイムで、まるで身内のようにお世話していらっしゃいました。もう何年も寝たきり状態になっていらっしゃるのに、臭いひとつなく、キレイな状態で自宅療養生活を過ごされていて、この人はなんて幸せな人だろうと思いました。

目の焦点が合っても発語も無く、ジーっとベッド上に横たわって過ごす毎日。それでも、周りの者が規則正しく日々を送っていくので、彼女の生活は滞りなく流れていきました。最近お腹が痛いかのように顔を顰めると、お手伝いさんから報告されて間もなく、大量のタール便(黒い便)が出て、大腸癌が疑われました。もうこれ以上身体をいじめる必要はないだろうと判断し、侵襲的な検査(大腸カメラなど)はしませんでした。血液検査だけで病状を診ていきました。ゆっくりと痩せが進みお腹だけが膨らみ、胃瘻から入れた栄養さえ口の中に逆流するようになっていきました。静かに静かに、終鴛に向かって時間が流れていきました。3年近く、彼女の傍にいた気がしましたが、何も変わっていませんでした。ただ、時間には逆らえず、やがて彼女を失いました。

人生って儚い。運命ってなんなのだろう。いつから決まっているのだろう。そんな事を考えながら、お見送りをしました。心より、御冥福をお祈り致します。

  

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