ストック

 妻の事はいたわりもしない、俺に仕えて当たり前、という男気のある亭主関白。65歳の彼は酒もタバコもしないけれど、建設業の仕事に携わってこの病気になった。アスベストの使用が病気になるリスクを増やす、「悪性胸膜中皮腫」。癌細胞がびっしりと胸膜全体を覆い尽くしてしまうため、胸水が絶えず湧いて、呼吸困難を来す。

彼は、今まで治療してくれた市民病院と離れたがらなかった。転院や予後の話になると、話を逸らしてしまう。在宅療養を選んだのも、市民病院への通院が続けられる可能性があったからだった。訪問診療が開始してから、彼は2週に1回は外来通院を予定した。結局1回しか行けなかったが、胸水を1000ml抜いてもらってきた。呼吸のしやすさと引き替えに、体力が低下しさらに痩せた。また、服薬がちゃんと出来ていない事が判明し、忘れずに飲むよう一包化したら、すっごい不機嫌になった。「薬は1粒1粒判って飲みたい。」と。判って必要な薬が選べるなら、勝手に飲めばいい。息が苦しくて市民病院に駆け込みたいなら、そうすればいい。でもきっと、「それじゃその場しのぎだけでうまくいかないから、私に託されたんだと思う」と、彼に話した。

それから彼は変わった。その後、12日しかなかったけれど、任せてくれた。亡くなる前の日も、直接私の携帯に連絡をくれたのだ。呼吸苦はなかなかとれない。完全にはとれない。でも一緒に悩み苦しんだつもり。最期まで家に居させてくれた奥様に感謝。

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