水仙
お嫁さんは言いました。「お母さんは、すごくかわいい人なんです。お下の世話や食事の介助くらいならなんでもしますよ。体力はありますから任せて下さい。」
患者さんは69歳女性。まだ若いほうですが、肺癌、脳転移があって、意思の疎通は難しい状態でした。時々正気に戻る以外はずっと、宙を見つめて愛くるしい目をくるくるさせていました。いかにも健康そうなお嫁さんは、もの言いははっきりとした人でしたが、お義母様への愛情が見え隠れし、その甲斐甲斐しさには頭が下がる思いでした。生計を立てるために自分もパートで働きながら、帰ってきてすぐ食事を作って食べさせていました。「以前は歩けたからねぇ、すぐどこかに訳分かんないうちに行っちゃうんですよ。探し回ってね、目が離せなくて大変だった。でも、今はほら動けないでしょー、全然楽よぉ。」そこまではっきりと「楽」と言われて、初めはビックリしましたが、でも事実、動けない故に大変になった身の回りのお世話も、彼女は厭わず手を抜くことなくこなされていました。
退院されてきてから、彼女の発した言葉は数えるほどでしたが、いつもニコニコした顔で、こんにちは、ありがとうと言って下さいました。ほとんどそれしか言わなくても、十分に心は伝わるもので、いつも気持ちよく仕事をさせていただいていました。お嫁さんも、今まで自分がしていたこと以外に出来ることはないかと勉強熱心でした。看護師が浣腸しているのを見て、私にも出来る?と指導を希望され、それ以来自分でこまめに調節してあげていました。
代わる代わる、お見舞いの人が来たという休日の夜、彼女の全身状態は急変しました。おそらく、機嫌よく一緒にお菓子やお茶をいただいた時に口の中に残っていたものが少しずつ気管へ流れ込んだようでした。それから昏睡状態が続きました。息子さんが泣き腫らした目で部屋を覗き込んでいました。傍にいてやりたいのに、怖くて近寄れないとのことでした。「ホント、怖がりで困った人でしょ。お義母さんが心配でたまらないくせに…」と、お嫁さんはいつものようにお世話をされ続けていました。
3日後、眠るように静かに息を引き取られました。家族みんなに見守られた幸せな死でした。心より御冥福をお祈り致します。