サルビア

 黙っていたら、人の良さそうな優しい表情を見せるのに、何せ口が悪い。「人工透析せなあかんのなら、癌ででも死にたいわ〜なんて言ってたんです。ホントに癌になるなんて…。」娘さんは、半ば呆れながらそう教えてくれた。もともと腎機能が悪く、食事療法などを守らないからすぐ浮腫んだり尿量が減ったりする。まもなく人工透析に導入すると宣告された矢先、右上顎洞癌が見つかった。痛くもなく、分泌物が流れてくることもなく、身体は元気。だけど右頬がよく見ると脹らんでいる。癌と宣告されても半信半疑で、生きる望みを何処に見つけていいのやら、気持ちが彷徨っている感じだった。
 次女さんがお父さんと暮らしたいと言って建てた新築の家で在宅診療は始まった。庭が見える日当たりのいい部屋を陣取ってベッドが置かれた。寝たきりになってしまわないように看護師が下肢のリハビリを促しても、「そんなんしてどないなるん。」不安と焦りから苛立ち、周囲にわめき散らす。日中に看てくれる孫にくってかかる。薬も飲まない。病状が快方に向かうわけがない。
 それでも、訪問の帰り際には必ず、ありがとうと言ってくれるようになった。「明日も来るんか〜」「来たかったら来たらええ」と、相変わらずの憎まれ口を叩きながらも、待っててくれた。目に涙をためて「もうあかんと思うわ」と自分で人生のカーテン閉めてたから、何回も叱ってしまった。結局、腎機能が先に悪化して亡くなった。「もう一回しんどくない身体で出かけたい」と言ってた。実現してあげられなかったのが心残り。


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