最期まで

11月8日に息子さんが当院に来院され「まだ入院中ですけど、もうすぐ退院しますので後は家で看たいので」と、訪問依頼に来られました。紹介状を見せて頂くと、悪性胸膜中皮腫にて、予後数ヶ月と診断された、68歳の男性の方でした。11月11日に市民病院を退院され、早速状態確認と、挨拶に御自宅に伺いました。

お名前から、他の病院で一度お見かけしたことがある患者様かもしれないと思っていましたが、お顔を見るとやはり以前より存じ上げる方でした。再会出来た事をうれしく思いました。しかし、ご本人は分からないご様子でした。

お顔も身体もかなり痩せておられ、腹部のみが膨張した様な状態で、食事も少ししか食べられず、ほとんどベッド上での生活でした。しかし、歩行はしっかりしてされていて、トイレ迄はご自分で行かれていました。髭剃りは、毎日欠かさずご自分でなさって、いつも綺麗にしておられました。お腹の張りが強くなってこられ息も荒くなる状態でも、入浴が大好きで、私共の介助の元に頑張って入っておられました。いつも、その日を楽しみに待っておられ、少し位身体がしんどい時も、喜んで入浴されました。

やがて、息苦しさが強くなり、あまり動けない状態になっていきました。いつも綺麗にしていたお髭も伸び、どれほどのしんどさか伺える様になりました。それでも綺麗好きな彼の身の周りをいつもの状態にしておいてあげたくて、一生懸命お世話をさせて頂きました。ある日、洗髪も散髪もして、すっきりした表情をされている彼に、思わず「格好良くなったね!」と口に出して言ってしまい、その時の彼のはにかんだお顔が、良い表情をされていた事を思い出します。

しかし、こんな穏やかな時間も長くは続きませんでした。「息苦しい」と言う彼の訴えは日増しに多くなり、死が直面している事の辛さが表情で読みとれる迄になっていきました。さぞ心の中で葛藤していたと思うと胸が痛いです。

「最期の日の朝はずっと手を握って離さなかったから、きっと(死が近いことを)判っていたのでしょう」と、奥様は語って下さいました。彼の死顔は、お亡くなりになる前よりずっと安らかでした。私は、そのお顔に少しだけ癒される思いでした。最期まで頑張り生き抜いた彼に「お疲れ様でした、安らかにお眠り下さい、そしてありがとうございました。」と告げたいと思います。

 

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