なんて綺麗な方!訪問初日に初めてお目にかかった時、そう思いました。レースで彩られた窓から差し込む陽が、ギャッジアップされたベッドに背もたれている彼女の横顔を照らしていました。その様子は、はかなげにも凛と立つ一輪の花のようでした。
 乳癌発症から7年半経っていました。半年前急に病状が悪化し、肝転移、骨転移と見つかり、癌性疼痛も出てきていました。下肢に力は入らず、腹水を引くドレーンは入ったままで、麻薬が処方されていました。病院側は、「家に帰るのは無理でしょう」と仰ったそうです。でも彼女の「家に帰りたい」気持ちが、お父さんに岸和田での在宅療養を決心させました。
 退院してきた時、「途中でご馳走も食べてきた。」と、はしゃいでとても嬉しそうでした。でも、その後もずっと体調がすぐれず、ベッド上から起きあがれない状態。やはり家での療養は難しいのかと思い始めた頃、実はまだ抗癌剤を飲んでいるせいではないか…と思い当たりました。この段階での抗癌剤は、癌細胞と一緒に正常細胞まで攻撃するため、体力をかなり消耗してしまいます。40歳という若さ。抗癌剤を飲まなくなるということは、癌の闘病を諦めるということと等しいのでしょうか。ご本人よりもお母さんと妹さんは諦め切れず最後まで躊躇しておられましたが、別の点滴の抗癌剤を準備して望みを託し、一旦飲むのを止めてみました。すると、日に日に元気が出てきて、抗癌剤の副作用による口内炎に苦しみながらも、好きな物をリクエストして食べたり、短時間の外出も楽しむことが出来ました。
 結局、準備した抗癌剤を使うこともなく約1ヶ月の在宅療養後、彼女は逝きました。親を残していく悲しみ、親が残される悲しみ。美しく飾られた部屋が、いっそうひっそりと静まりかえっているように感じました。
 心よりご冥福をお祈り致します。

むくげ

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