開院以来ずっと、外来に足が痛いと訴えて通院されていた彼は95歳。おしっこに血が混じり始め、膀胱癌であることが判明しました。やっと死ねる病気になったと喜んでおられました。甲斐甲斐しく世話をやいてくれるお嫁さんに気を使いながら、「これ以上長生きしたら、申し訳ないもんのぉ。」それが彼の口癖でした。
彼は、「自分で食べて、身の回りの世話くらいは自分で出来るよう」に、いつも努力していました。でも、所詮男の方だし、超高齢だし、思うように出来ないことが段々多くなっていきました。認知症が進まないまま、身体だけが朽ちていくのは、むしろ残酷な事でした。外来に来れなくなって、お嫁さんの要請で訪問診療が始まりました。訪問入浴のサービスや柔整師のリハビリも取り入れました。デイサービスも極力利用して、家での生活が疲れてしまわないように、飽きてしまわないように、計画は綿密に組まれました。
私達は、猫のように丸くなって横たわる彼の傍に流れる穏やかな時間が好きでした。時間を持て余す彼は、取り止めもなく話し相手を欲しがりました。「昔はなぁ…。」ゆっくり聞いてあげられる時間もそうなく、作業しながらの曖昧な相槌を相手に、彼は淡々と話し続けました。そして最後にいつもぽつり、「なんで、まだ死ねんのやろ…?」
お正月に一旦危篤となりながら持ち直し、5月連休の重症貧血も輸血で難なく切り抜け、7月に永眠なさるまで、特に延命処置をせずとも、彼は生き続けました。長らえる事を後悔させてしまうことがない世の中になればな…と思う、今日この頃です。心からご冥福をお祈り致します。
金魚草