かみつれ

「ほっほっ」と声高に笑う、彼女は乳癌と闘ってもう5年になる。肋骨が浮き出る、乳房が切り取られた左胸が痛々しかった。腕に浮腫はなく、外見的には何ら異常はない。ここ1年は脳転移と闘っていた。脳の転移巣には放射線をもう精一杯当てたし、抗癌剤はもう病巣を小さくしてくれそうにない。脳の浮腫みを取るステロイドという薬のおかげで、顔はまん丸になってしまった。
 浴衣が似合う、元から恰幅のいい女性だった。盆踊りなら、一晩中でも踊っていられたという。鼻歌混じりに両手で踊ってみせる。彼女は寝たきりだった。もう両足は腰の高さからぴくりとも動かないのだ。乳癌が脊髄を侵蝕したから。でも動かなくなる前、その足の痛さはかなり辛いものだった。「それを思えば、いっそ動かなくてもこの方がずっと楽!ほっほっ。」と笑う。あんまりあっけらかんと言うから、そんなものかなぁと私達の気持ちが少し軽くなる。そんなはずは決してないのに…。着替え一つにしても、全てが重介護となった。看護師さんは動かない足のリハビリに励む。せめて浮腫がなくなるように。入浴が大好きだったから、訪問入浴の日を待ちわびた。ベッド上の洗髪も大好きで、気持ちいいくらい頭皮をマッサージしてくれる看護師さんに、ねだった。
 まめにお世話してくれる娘さんと、言いたいことを言い合いながらの在宅療養。楽しいけれど、切ない日々。代わってくれる人のない心細さに、何度も押しつぶされそうになる。お婿さんは理解があって、介護にくじけそうになる娘さんをいつも陰ながら支えてくれていた。
 脳転移巣がいよいよ正常な脳を圧迫し始め、彼女は段々、娘さんのことも私達のことも、わからなくなっていった。状態が少しでも良くなるように、飲めなくなった薬の分も、静脈から入れる。薬は結局、虚しい期待と共にどんどん増え、身体はさらに浮腫んでしまった。でも、彼女は苦しい顔一つせず、反応がなくなった後でも、口角がいつも挙がっていた。その今にも笑い声が聞こえてきそうな静かな寝顔だけが、私の脳裏に残っている。
 心からご冥福をお祈り致します


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