強い意志

 

 

私が看させて頂いたのは、訪問が始まって2ヶ月経ってからでした。

肺癌の末期で、余命は12ヶ月と家族に宣告されていましが、本人はご存知ありませんでした。いつも居室に座っておられ、初めはテレビを見ながら私に背中を向けたまま「おはようございます」と、挨拶をされる状態でした。頻回に訪問し、日々お話していく内に、少しずつ目を合わせてくださる様になりました。寒い季節、寒い部屋の中で、コタツに手足を入れて、いつも同じ姿勢で私達を待っていてくれました。寒梅の様に頬が赤く染まっていても、手足が冷たくなっていました。庭に所狭しと置いてある、趣味の盆栽の話になると、急に活気付いてお話して下さいました。

平穏な日々は余命を通り越し6ヶ月続きましたが、突然の吐血により徐々に灯火が消えていくように体力が衰え、ベッド上で過ごす日が続きました。しかし彼は「ベッドの上でおしっこなんて、まして便なんてできません」と、フラフラになりながらも、ベッドサイドに設置してあるポータブルトイレで、もたれながら排泄されました。奥様は「昔から強情な人でした。こう思ったら絶対せなあかん人で難しかったです。しんどいのに私が採ったるのに、それでも勝手に自分でしている、危なくて見てられへん」と、よく呟いていました。もう少し歩けていた時も、「入浴は介助しないと危ないから一人で入らないように」と、念を押した次の日に「お風呂に1人で入ると言って入りました」と家族さんが言われた時は、さすがに呆れる思いでした。

お亡くなりになる3日前からほとんど喋れなくなりました。ベッドの枕もとをバンバンと叩き、御家族を呼んで、何かを訴えられます。叩く回数がだんだんと多くなり、奥さんも娘さんも「苦しいのでしょう、苦しいのを取ってやって下さい」と口々におっしゃいました。少し眠っていただく薬の指示を頂き、やっと静かな寝息を聞きました。

まだ寒い朝、電話が鳴り「もう息をしてないようです」と連絡が入りました。急いで駆けつけると眠っているかの様に息を引き取られていました。奥様は「昨日はあれから楽になったみたいでゆっくり寝ていました、よかったです。朝、呼吸が変わったのでベッドの横についていたのですが、静かに息が止まりました」と、目を真っ赤にして泣いておられました。優しい笑顔の中に、強い意志をお持ちであった彼。「お疲れ様でした、ご冥福をお祈りしています。そして、ありがとうございました。」

 

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