身長180cm近くある背の高い彼は、とてもにこやかにはにかみながら笑う。69歳の時にしゃっくりが止まらなくなって検査に行ったら、食道癌と診断され切除術を受けた。術後、病院嫌いの彼は入院生活が耐えられなかったのか、半ば錯乱状態となり、認知症や精神障害を疑われ、入院継続不能とされ家に帰されてきた。これはさぞかし大変な症例の依頼があったものだと、覚悟して訪問してみると、帰ってきた途端、‘普通の人’となり、頑固な昔気質の男だっただけだった。
それから2年間、デイサービスをうまく利用しながら、在宅診療を続けた。時々‘食事が飲み込めない’と言うので、拡張術を受けに病院に行ってもらった。どうも食道を切ってつないだところが細くなっていて、動きが悪いらしい。カラオケが大好きだったのに、術後に声が掠れてしまったから歌わなくなった。とても上手だったのだと自慢する。聞きたかったな、体格があるから声量があって、きっとホントに上手と思う。
そして2年後のある日、血尿が出た。病院で詳しく調べて貰うと、膀胱癌だった。全部切除して、回腸導管というのを作ってお腹から尿を出す手術をした。便と違って水分だからすぐに漏らしてしまう。漏れないように行動が制限され、途端に体力が落ちていった。あんまり食事が進まなくて喉の違和感を訴え始め、今度は食道癌の咽頭部転移が見つかった。放射線治療を頑張ったけど、体力の低下が進んだだけだった。
「家で死なしちゃってよ。」と、奥さんが連れて帰ってきた。74歳になっていた。痩せてしまった彼は、私を見てはにかんで笑った。ずっとそうだったみたいに、掠れた声で「お世話かけます。」と言った。「出来るだけのこと、するね。」私は、少し目を逸らしながら、そう言うしかなかった。それから1ヶ月後、静かな最期だった。
心よりご冥福をお祈り致します。