福寿草

 

 

訪問初日。「このゼロゼロするの、もっと楽にならんかいな」と、口ひげをたくわえた仁王様みたいな彼は言いました。くどくどと(ついくどくなってしまう私ですが)、病態を説明していると、「もっと明確に、要点だけを言いなさい。」と叱られてしまいました。今までにも、入院中に何度も病棟の看護師を呼びつけて叱り飛ばし、泣かせた事もあると聞きました。

肺癌に侵されていた彼は、少しの体動でもすぐ息が切れるらしく、じっと上を向いて寝ていることが多かったようでした。初回訪問時には、既に背中には大きな褥瘡が出来ていました。痛みも手伝い、さらにほとんど身体を動かさないようになっていて、排泄さえおむつに頼りきりでした。

訪問開始後は、薬をきちんと飲み、創をきちんと処置すれば、痛まずに身体を動かせること、痰が切れやすいように身体の向きを工夫すること、吸引吸入器を上手に利用することなど、きめ細かく対応する看護師たちをすっかり信頼し、訪問を心待ちにさえしてくれました。まるで、虎から猫に変貌するかのように、穏やかな表情を見せてくれました。

 車いすで居間まで行けるようになり、孫たちが遊ぶ姿を眺めながら、「こんな日が来るとは思わなかった」と涙した彼は、望みどおり家族に囲まれ、看護師たちの励ましの中で、家で静かに最期を迎えられました。

 

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