綺麗な奥様を伴ってダンディな彼が外来を訪れたのは、何かと気忙しい12月でした。抗癌剤で約1年闘病してきて痩せてはいましたが、やつれた風はなく、彼が癌患者だと言われるまでわかりませんでした。「しゃっくりを止めて欲しいな」と、他人事のようにあっさり仰ったのを覚えています。膵臓癌で痛みが出てきているにもかかわらず麻薬を使っていなかったので、まずはテープ剤を始めました。初めのうちは麻薬に対する抵抗が奥様にあり、「余計にしんどくなっているようで見ていられません」と、何回もコールがありました。訪問診療を開始していない以上、そう度々の往診にも応えられず、その度に外来に来て頂きました。幸い身体が薬に慣れ、うまく痛みもしゃっくりも止まりました。そしてその後約1ヶ月半、悠々自適におうちで過ごされ、マイペースで外来通院されました。
 1月に入って食事が摂れなくなってきました。隣市でしたが、看護師であるお嫁さんのたっての希望で在宅ホスピスとして訪問を開始しました。癌による痛みは、きちんと指示通り服薬してくれることで克服でき、一泊で家族旅行に行くことができました。温泉に入って、お孫さんの手を引っ張って泳がせたと聞きました。巻き寿司も頬ばったと聞きました。それまでは、時にわからないことを口走ったり飲水にさえ咽せていた彼の、いったいどこにそんな力が残っていたのだろうと、不思議にさえ思います。
 2月はほとんど眠って過ごされました。鎮静剤を投与していても起き上がってくるため、四六時中目が離せず、献身的なご家族の介護が続きました。ご家族に看護師さんがいたことも大きな支えの一つだったでしょうが、みなさん、ちゃんと彼の人生の最期の時を見据えていて、一丸となっていて、ご立派でした。
 2月7日、真夜中に心停止。奥様は朝まで添い寝していたとのことです。本当に、愛されていた方でした。心からご冥福をお祈り致します。

花韮

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