源平 葛

訪問診療を申し込んでいただいても、時期によってはお断りしなければならない時もあります。一人一人に対するケアの質が落ちないように、定員以上の患者様を受けられないのです。そんな時、以前から外来に腰下肢痛でかかってくださっていた患者様が、以前から患っていた乳癌のいよいよ末期状態となって、家族の方が申し込みに来られました。あと一人受けられるか否かというときでした。最近は大きな病院も訪問看護をしてくれるようになって、点滴くらいなら家に行ってあげますよと言われたにもかかわらず、家で看るなら西田先生にお世話になると、申し込みに来られたのでした。

以前は手術して下さった先生を慕い、岸和田から和歌山まで通院されていました。癌の再発を告げられ、きつい説明を受けてきたと落ち込んでは相談に来られ、岸和田市民病院に入退院を繰り返し、時々退院してきたと嬉しそうに報告に来られました。私は遠くから、少しでも長くお元気に過ごされるように、祈る気持ちで見守っていました。まさか、本当に家に帰って療養するようになったら私を呼んで下さるとは思ってもいなかったのです。

負けがわかっている戦では無駄に武器を使わないように、死に行く人間に対しては脱水補正程度の点滴しかしないのが、当たり前です。でも、呼びかけにもほとんど応えてくれない彼女が、せめてもう一度だけあの頃のようにお話して欲しくて、治療しました。しかし、多発性肝転移、骨転移、低酸素状態になっていて、状況は厳しいものでした。お世話できたのは、たった8日間でした。

東京から慌てて帰って来られた息子さんに、真夜中に病状説明しました。納得されて、家で家族に囲まれて過ごした数日間。短い時間でした。でも、ベッドサイドにくっついてトランプしていた、死を告げた直後に大きな大きな声で泣き続けたお孫さん達が、彼女の幸せだった人生を象徴しているかのようで、なぜか私を安心させたのでした。

心より御冥福をお祈り致します。

 

                    戻る