「何となく調子悪くてな。」それが採血検査のきっかけでした。感染症状が強くもないのに、炎症反応(CRP)が5()もあり、身体に何かが起こっているのは明らかでした。詳しい検査を繰り返し、やっと大きな腎癌が見つかりました。それは周りの脊椎や横隔膜にまで広がっていて、手術で完全には取りきれない段階までになっていました。十分な検討の結果、腎臓そのものは切除するが深追いはせず、残った部分は抗癌剤で叩く方針となりました。
 頑固で亭主関白。大の酒好き、大きな土地の地主さん。黙っていらっしゃると貫禄があってとても怖そうなのに、話し始めると、明るくて人なつっこい笑顔がこぼれます。はにかみ屋で、心配性で、人に気を使って自分がすり減ってしまうといった感じ。生来片足が不自由で、苦労した分人の気持ちにも心配りできる立派な方でした。手術して貰った大学病院に指示された抗癌剤を打ちに、週に2−3日当クリニックに通院されました。チェックのために大学病院に行くのですが、その度に一喜一憂。一時はすごく食欲も出て元気になって、このまま治癒に向かうかと錯覚するほどだったのに、抗癌剤の増量をきっかけに食事が摂れなくなって、みるみる衰弱していきました。
  通院が辛くて休みがちになっていった頃、在宅診療が開始となりました。家では同居の孫達がベッドの周りで遊んでいて、とても幸せな状況でした。孫が勧めた食事なら、食べてくれました。しかし、段々と声が出にくくなって、食事も十分に喉を通らなくなって、活気がなくなっていきました。「やっぱりちょっとしんどいかな…」。笑顔を作ってくれても、切ないくらいに身体はだるそうでした。食べたくないと言うのに、無理に促してごめんなさいね。ありがとうと何度も何度も言ってくれた何週かあと、彼は家族みんなに囲まれた中で、静かにこの世を去っていきました。
  心よりご冥福をお祈り致します。


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月桂樹