ドラセナ

 「死にたくない、まだたくさんすることがある。」79歳の体格のがっしりした彼は私にそう言った。だからこそ、彼にはもうあまり時間がないことを告げる覚悟をしたのだ。何の自覚症状もないから、膵臓癌は急にわかったことだった。急な身体の変化だから、それは短時間に過ぎ去って元通りになっていく出来事のようにも思えた。忍び寄る癌が、今や命まで脅かそうとしていたのに。
 病状を説明したのは土曜日の午後だった。注意深く言葉を選んだせいか、彼はケロッとしているように見えた。その日の夜も、次の日も、彼は淡々と過ごしているように見えた。「取り乱したら、周りのみんなが困る。」そう思っていたからかもしれない。でも、あんなにたくさんあったはずのすべき事はどうでもよくなっていて、「何もしたくない。どうせ死ぬから」モードに入ってしまった。生きることを見つめ直すには、時間がかかる。
  でも、その2日後に病状は急変してしまった。大量吐血。腹痛、頭痛、悪心嘔吐。治療に追われた。生きるか死ぬかという時には、どう生きるかはもはや蚊帳の外。それから3週間は、貧血や気分不良との闘いばかりだった。
 亡くなったのは暑い夏の日。「自分でも何がしたかったか、ようわからんな〜」と、呟くように言った。ウトウトしながらの静かな最期だった。
 心よりご冥福をお祈りいたします。

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