デルフィニウム

娘さんが在宅診療の申し込みに来院された。「さんざん好き勝手に生きてきた人だから、もう放っておこうと思っていたのに…。弱っていく姿を見ると、なんかしてやらにゃあいかんような気がしてきて。」

85歳になったばかりの彼女は、若い時に好きな男が出来て、子供二人を置いて家を出て行ったらしい。その新しい旦那様と息子さんに先立たれ、ひとり暮らししている時に胃癌が見つかった。それを知らされた娘さんとしては知らん顔も出来ず、近くに呼び寄せ入院させていた。しかし、開腹術の傷に感染を起こし一部が開いたままになっていたり、入院先で鎮静剤が使われている時に自力で歩こうとして転倒したりで、見かねて家で看ることにしたと言った。

娘さんの家は新しく、隅々まで掃除が行き届いていた。旦那様は理解があって、陽の良く当たる風通しのいい部屋を使わせてくれていた。快適な環境ですっかり上機嫌で過ごしていた彼女だったが、次第に倦怠感が強くなり、よく憎まれ口をたたいた。登校する小学生が窓越しにあいさつしていくのを嬉しそうに見ていたのに、夏休みに入ったら「静かになっていいわ。」と言ったり、可愛いピンクのパジャマを褒めると「自分が着れば?」とそっぽ向いたりした。そんな時、「きっとしんどいからに違いない。良くなっていかないから、もう一度詳しく調べて頂こうかしら」と娘さんから相談されて驚いた。癌の末期」で、あまり人生の時間が残されてないことをもう一度説明した。

「何にもしないで、このままで。」彼女は、それだけを望んでいた。でも、そう言うわけにいかないと、入院が決まっていたその朝、彼女は息を引き取った。自分の望む通りに。

心から、ご冥福をお祈り致します。

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