デイジー
「余命は1週間かもしれません…。」主治医からそう言われて、「すぐ退院しようと思った。」と奥様は言っていました。相談にクリニックにいらっしゃった時、決心は既に固くて、私は「すぐに帰ってきていいですよ」と即答したのを覚えています。
62才の男性、結腸癌。肺や骨やリンパ節のあちこちに転移していました。痛みが強く、麻薬による鎮痛療法が開始されていましたが、退院前に転移巣がさらに増えたことの説明を受けて以来、表情が一変し、痛みを言わなくなったそうです。身体のあちこちが痛いのに、顔をしかめるだけで、じっと堪えているようでした。モルヒネが効くと解っているのに最小限しか使いたがらない。‘延命に繋がるかもしれない’薬を出来るだけ口にしたくない…。悲しい選択でした。不安で夜も眠れていないようなのに、私達に助けを求めてはくれませんでした。
2週間経った時、見かねた家族と相談し麻薬の持続皮下注入に切り替えました。夜も点滴でしっかり眠っていただきました。「いたずらに命を延ばすためではないの、生きている時間を少しでも安寧に過ごすため。」何度も説明しました。投与量が適切か否かは、本人にしか判断出来ないのです。
一度だけ、ありがとうと笑ってくれました。亡くなる前々日の夜、眠らせる点滴をしに行った時。決して痛みがないレベルにはなっていなかったはずなのに…。
人様に迷惑をかけまいと最期までかっこつけてた彼は、最期まで格好良く、最期の装束はジーンズ姿でした。若々しいゆえに、なお、無念がこみ上げました。心からご冥福をお祈り致します。