ビオラ

 大腸癌が腸を閉塞するほど大きくなった時、排便が出来るようにその前後に人工肛門を作ることはよくあります。でも、残された癌組織が大きくなって腸が外に反転してしまった状態を、私は初めて見ました。59歳の彼は、「仕方がないものと諦めている」と言い、貧血で青白く見える痩せた顔で寂しそうに笑うのでした。里帰りされた娘さんがもうすぐ出産という時で、部屋の中には用意されたばかりの赤ちゃん小物が置いてありました。一方で、彼は同じように妊婦みたいなお腹を痛そうに抱えながら、ベッドの上でうずくまっていました。出べそになった腸粘膜がガーゼや衣服に擦れて真っ赤になりあちこち出血するので、その処置に追われました。外科医に再建術を依頼しそのボリュームは少し小さくはなったものの、腹水の増量に伴い、結局最期まで私達を悩ませました。
 治らないと言われた時から、免疫療法と称する治療や聞いたこともない漢方ドリンクを飲んでいました。少しでも食べて体力を付けてと願う奥様の努力は空回りして、食べられないと言う彼といつも喧嘩になるのでした。それでも、いつも食べる努力は怠らず、亡くなる前日まで、何かを口にしていました。「あと3ヵ月の命と言われて、もう3ヵ月経ちました。」「だから、毒と言われるどんな抗癌剤でもこの身体で試して下さい。」自暴自棄に思えるこんな発言も、生きた証を必死に探そうとしていた彼の精一杯の生き様だったのかもしれません。
 心より、ご冥福をお祈り致しております。

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