アリウム
店舗横の細い階段を3階まで上がると、彼女の家になる。72歳の彼女は結腸癌末期。生涯ひとりで「踊りのおっしょさん」を通した。子供さんはいないが、たーくさんのお弟子さん達がいる。
食べる量が減ったせいもあるが、癌にむしばまれた身体は痩せ、腫大したリンパ腺が下肢からのリンパ還流をせき止めるため、下半身はかなり浮腫んでいた。稽古場を兼ねた部屋の中のソファーの背を伝って歩く。気丈にも、きちんと食卓で食事をし、おトイレに歩いて行っていた。
彼女は知っていた。死期が自分に迫っていることを。そして、独居の自分が最期の時間は必ずお弟子さんたちに世話にならなければいけない事も。ひとり暮らしでは 急変を医療スタッフに伝える方法がないから、誰かに見守ってもらわないといけない。お弟子さん達は、早くから、順番に泊まり込む計画を立てていた。
その日、1番のお弟子さんは胸騒ぎがしたという。病状としては、意識もはっきりしているし、体調の変化があれば電話ででも自分で連絡出来るだろうと、夜間はまだ誰も付き添っていなかった。今日だけでも、と泊まることを申し出られたそうだが、家の事情をよく知っている彼女は、「これからのこともあるから、頼む時は前もって言います。今日はお帰りなさい」と言われたらしい。
その予感は的中した。明け方、お弟子さんの電話番号を表示した電話を手にしたまま、彼女は独りで亡くなっていたのだ。おだやかな表情だった。孤独死か?いや、立派な死だと思えた。潔く、はかない死だと思った。亡くなった後のことは全て、取り揃えられていたという。泣きじゃくるお弟子さん達を見つめながら、もっともっと彼女たちの手を煩わせてあげて欲しかった…なんて、考えたりもした。
心からご冥福をお祈り致します。