転機

65歳、男性。今年4月中旬から微熱があり近医にて加療、症状改善見られず。詳しい検査の結果、膵臓がんによる肝転移との診断がついたのは、516日のことでした。

 初めてお会いした時の彼は、精悍な体つきで、末期癌に侵されているとはとても思えない素敵な笑顔で私達を迎えて下さいました。病院から家に帰れた事を、とても喜んでおられた笑顔でした。

 しかし、実際は癌のみならず「肺気腫」や「慢性閉塞性動脈硬化症」という基礎疾患も持っておられ、退院時には既に呼吸苦や下肢の循環不全を伴っていました。このような病態から、本人に告知しないまま、治療や苦痛緩和の処置を行うことは難しく、また年齢的なことも考えて、告知するか否かを御家族と話し合いました。娘さんの出した結論は、「本当のことを伝えて、一緒に病気と闘って欲しい。」というものでした。

 先生から病状を告げられた時、「後は、死ぬのを頑張るだけですね。」と一言仰いました。私は、その時の悲しそうな声を忘れることが、今も出来ないでいます。それから後、対症療法としての輸血や苦痛緩和のために様々な処置を行ないましたが、最期まで悲観的な事は口にされませんでした。ただ先生や私達に感謝の言葉を何度も下さいました。

 告知の問題を考える時、残された時間のない患者様と、これからも生きて遺される御家族、どちらのお気持ちも大切にして、その両方が後悔しないですむように対応していく事の難しさを感じます。告知しなかったら、もっと違う形の甘えた訴えや、望みをつなぐ看護があったのかもしれない。でも告知をしたからこそ、包み隠さず話し合って治療に専念できたのかもしれない。改めて、色んな角度から考える機会を与えられた思いです。

診断から最期まで、たった2週間足らずで旅立たれた彼と、父親の急な転機に耐え、支え続けた御家族に、私は看護師として何が出来たのだろう、少しでも力になり得たのだろうかと、ふと思うのです。

 今はただ、彼のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

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