すすき

「もうどうしていいかわからん…。」と困り果てた顔でクリニックを訪れた母親は、41歳の痩せきった娘の在宅診療の相談にみえたのだった。胃癌を患ったとはいえ、もう治っていたはずだったと言う。しかし、その痩せ方は尋常ではなかった。
 初めは虐待でもあるのかと思うほど娘の衰弱は激しく、何故大きな医療機関にかからないのか、疑問に思った。が、まもなく、彼女のあまりの我が儘ぶりに母親が振り回されている現実を知った。好きな物は口にするものの、食べた直後から吐く。点滴は希望するものの、私達が帰るなり抜いてくれと暴れる。禁煙を宣言するものの、いつとはなしに煙草をふかし続ける。言うとおりにしてくれない人には罵声を浴びせ、泣いて叫ぶ、喚く。汚れた身体、衣服のまま、吐物にたかる蟻たちの横で平然と横たわる彼女に何をしてあげればいいのだろう。
 嘔吐の原因については、どうしても検査させてくれなかった。入院させてもタクシーで帰ってきてしまう。嘔吐は、術後の癒着から始まったのだろう。痩せたい願望から吐き続け、抵抗力のなくなった身体に癌は容赦なく再発したのだろう。今は本当に食べ物が通らなくなった。
 いつか気力を取り戻して、自分の人生を歩き出すのだろうか?そう促す、周りの者の努力がまだ足りないというのだろうか?母親は自分を責めた。そして最期まで彼女の言いなりになりきることで、自分に許しを乞うたのかもしれない。私達には、それを全うする手助けを望んだのだ。
 最期は「呼吸が止まるまでずっと抱いていた」と、母親は安堵に満ちた顔で私に言った。


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