スターチス                     

梅雨の時期、雨が続くある日、「もうどうしていいかよくわからない状況なんです。助けて下さい。」と、次女さんが飛び込んで来られました。「母がもう癌末期で家で寝ているんですが、それが大変で…」と。

「あと1週間位でしょう」と、医者に告げられ、自分達で看るしかないと家に連れ帰って2週間経ちましたと、疲れ果てた娘さんは仰いました。92歳女性、胆管癌の末期。私達が初めて訪問した時、裸になって訳の分からない事を言う、排泄物をばらまく、体を触ると噛み付くとい った状態でした。病気がそうさせていると判ってはいても、これまで家の中をテキパキ切り盛りしてこられた母の変わり様を、3人の娘達は、ただ呆然と見つめ、憎くさえ思うのでした。

 まずは脱水補正の点滴や、肝性昏睡の緩和に努めました。点滴をしようとする度に家族の方は、「延命処置ならこれ以上要らない」と仰いました。私達は、「決して無闇に延命させようと医療行為をしているのではありません。その人がその人らしく最後を迎えられるよう、整えていくのですよ」と説明しました。本当はお腹も痛かったのでしょう。少しの鎮痛剤で大人しくなられ、体を拭かせてくれました。夜間も鎮静剤で眠って頂いたので、家人は久々にゆっくり休まれました。そうする事で再び大変な介護とも向き合い、最後まできちんと看取ってあげようという気持ちになれるのです。しかし私たちが関わったのはたった8日間。人生のエピソードを一つも伺うことなく、彼女は旅立たれました。点滴や鎮痛剤、鎮静剤。たったこれだけの事。退院してきた時から私達が関わっていれば、彼女の尊厳を損なわずにお世話できたかもしれない…悔やまれてなりません。

 心から御冥福をお祈り致します。

 

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