スカビオーサ

 肺癌からの転移性脳腫瘍がある彼女は47歳。抗癌剤で髪が抜けてしまった頭に、いつも気に入ってるカツラをつけると、小柄なので年より若く見えた。若いときに産んだ息子達3人はもう立派に社会人になっていた。ぶっきらぼうな口調で、病人などと思っていないかのように軽口を叩きながらも、いつもいたわりの眼差しで母親を見ている。転移性骨腫瘍のせいで、足を引きずって歩く、すごく転びやすい母親を見守っている。順番に、危ないからと言って、抱っこしてお風呂に入れてくれる。
 家族はみんな積極的だった。日常の買い物にも連れ出すし、温泉旅行にも連れていった。掃除、洗濯、調理まで手伝わせていた。私達も2回もランチに誘った。外では車イスを使ってもお店の中は手を携えれば歩けた。おしゃれしてお化粧して、彼女は笑っていた。可愛い人だった。でも、2回目のランチの時、いつもはわからないのに、一時、思考が停止してしまうのか、食べる動作が滞ってしまう姿を見た時、現実を見せつけられた気がして、すごく悲しくなった。
 だんだん病状が進行し、8ヵ月が経っていた。痛みが出てきて麻薬が増えていった。食事が減っていった。一緒に住む妹は、ボトルチューイングガムについている捨て紙に食べれた内容を書いて、毎日看護師に渡してくれた。亡くなる4日前までチャーハンやハヤシライスを口にしていたのだからすごい。
 妹さんや息子さん達の中で葛藤はいつもあった。もっと良い治療はないのか、本当に治らないのか…。その度に、何度も病状を説明し、よりよい方法はないか話し合った。そして、彼らは、ちゃんと、確かに、その死を見守った。
 少し早かったけれど、生き抜く彼女の姿勢は、妹さんの、息子さん達の、心にきっと焼き付いている。彼女はかっこよかったよね。心からご冥福をお祈り致します。

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