「静かに・・・穏やかに・・・」

つい先日まで病棟で勤務していた私・・・ホームページで診療方針に共感し、にしだJクリニックの門を叩きました。各家庭での在宅看護と病棟看護の違いを肌で感じながらのスタートでした。彼との出会いはそのスタートと同時でした。肺がん末期の90歳の男性。若い頃から働きもので、商売をされていたとあって、私たちにもお気遣いを下さる方でした。ベッド上で息苦しそうであっても「大丈夫・・」「しんどくない・・」と私たちの問いに笑顔を見せてくれるような方でした。

経過を追いながら、私たち医療側がいかに尊厳を守りながら彼の要求を満たすケアができるかを日々話し合っていました。徐々に息苦しさも増悪してきたのでしょう、段々と酸素飽和度も厳しい数値になってきましたし、保清のために身体を動かしていただいた時に苦痛表情も見せるようになってきました。彼の了解を得て行っていたのですが、彼の性格からして、たとえ嫌なケアであっても断れなかったのではと反省しています。

奥様をはじめ娘さん4人が交替で看ておられました。それぞれのご家庭のある彼らにとって、在宅介護生活はけっして簡単なものではなかったと思います。しかし、昼間は奥様、夜は娘さん達の担当とし、彼の意思を尊重しそれをやりとげようと協力し合っておられました。私たち看護師は1日のわずかな時間にお手伝い出来るだけで、他はすべてご家族の介護となります。残された限りある時間を、如何に苦痛無く自分らしく過ごしていただけるか、そのお手伝いはまだまだ難しいものでした。安心して日々を過ごされるよう、自分なりに看護知識を伝達したり、時にはおしゃべりしたり、起さないようにそっと医療業務を行ったり、少し戸惑いながら、訪問看護を続けていました。

呼吸苦が出てきて、息苦しそうにしている、夜眠れないのを目の当たりにして、ご家族は辛い、本人はもっと辛い・・・幾度となく院長とご家族の間で話し合いがなされました。私たちは毎朝カンファレンスを行い、Drの治療方針、看護のあり方を話し合い確認します。彼には、日中は声かけが分かる程度の軽い鎮静をかけ、清拭や髭剃り、爪きりなどできる範囲での保清は続けさせていただくことにしました。

5月のある夜、電話にて急変の知らせ・・・まだ先だと思っていた旅立ちが突然やってきました。その日はいつの日にもまして、お子様やお孫様かわるがわる会いに来られたそうです。そして、とても静かな穏やかなご臨終だったそうです。私が患家に到着した時は、息を引き取られていましたが、生前の笑顔を彷彿させるような穏やかな表情だったことが印象的でした。最期に身体を清拭させていただいて、私の初めての「在宅死」の経験となりました。病棟で数多くの人の死に立ち会ってきた私ですが、それらとは少し違い、彼の死は私の心の中にしみとおるような感じがしました。ご家族に見守られ、モニターや呼吸器等の機械の音がない静かな旅立ちでした。

数週間しかお手伝いさせていただいていない私にまでお礼の言葉をかけてくださったご家族の皆様に感謝の気持ちと、彼のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

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