家族

 

 K氏が当クリニックに紹介されてきたのは、約4年間の闘病生活を経て、平成1431日の事でした。「人間らしく最後を迎えさせてやりたい」という御家族の希望により、全ての延命治療を拒否され、在宅にての対症療法を望まれてのことでした。

既に、肺癌が脳に転移し、歩行困難の状態でした。訪問診療導入時は、

意識もはっきりされ、食欲もあり、全身状態も比較的落ち着いておられましたが、転移による脳浮腫の軽減のために、毎日点滴しなければならない状態でした。ある日曜日、一日だけ点滴を休んでみる事になりました。ところが、週明けに訪問すると、血管が見えなくなるほど手足がむくみ、全身浮腫状態になっています。すぐに先生に連絡をとり、中心静脈にカテーテル留置をして治療が再開されました。元気そうに見えていても、余力はないのだと実感しました。急性心不全に陥る一歩手前だったのです。

 K氏の第一印象は小柄で温厚そうなおじいちゃん≠ナした。初めてお会いした時、「やっぱり家は良い、ご飯もおいしい」と笑顔で話してくれました。同居している長女さん御夫婦はもちろんの事、難しい年頃である二人の男のお孫さんまでもが、おじいちゃんを大切にされていました。特に大学2年生になられる上のお孫さんは、私達の訪問中も時間の許す限りそばで見ておられました。それは摘便や浣腸の時もそうでした。そんな看護の様子を見ていく過程で彼は看護師を志すようになった、とお聞きした時は大変嬉しく思いました。私のような未熟な看護婦が一人の青年の将来に影響を与えたのだと思うと、改めて自分の仕事を誇りに思いました。そして、在宅看護だからこそ、より深く患者さんやその御家族の方々との信頼関係を築く事が出来るのだとうれしく思いました。

日毎に傾眠状態が長くなり、見当意識障害が見られるようになりました。早く楽になりたいと、自分の死を願う言葉さえ聞かれました。そんな状態でも私の呼びかけに対し、小さな声で私の名前を答えてくれた時、本人の望みとは反対に、私は一日でも長く生きていてほしいと心より願わずにはおられませんでした。

看護婦として患者さんと接していく中で、時に自分の力の限界を痛感します。経験を積み重ね、的確な判断力と適切な処置能力を身に付けるよう、日々努力していきたいと思います。K氏の御冥福をお祈り致しますと共に、私の未熟な看護を暖かく支えて下さった御家族の皆様にお礼を申し上げます。

 

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