彼女は90歳と高齢でした。初回訪問時から、腰が曲がって動くのも大変な様子でした。夫と息子に先立たれ、まだ成人するか否かの孫たちと同居されていました。3年前に尿が出なくなってみつかった膀胱癌は十分に治療出来ないまま、尿道カテーテルの留置がされていましたが、自分で歩いて病院に通院できていました。数日前の転倒をきっかけに、急にほぼ寝たきり状態となって、頭がしっかりしている彼女にとっては辛い状況でした。
 今までカテーテルがよじれて詰まるなんて事はなかったのでしょう。ベッド上で動けなくなってから、カテーテルが折り曲がるために尿があふれ出てしまう状態を非常に嫌がりました。這ってでもポータブルトイレに座り、なかなかオムツに頼ってくれません。問題は排泄だけではなく、低栄養や腎機能低下や貧血や高カリウム血症など、たくさんありました。輸液や輸血や、栄養指導と、少しでも浮腫がとれて身体が楽になるためにすることがたくさんありました。
 でも実質、独居。若い孫に介護力は期待出来ません。それは彼女もよく解っていて、自分で出来ないことはじっと耐えて過ごそうとするのでした。夏の暑いある日、訪問すると、食事の後吐きたい気持ちを我慢してうずくまっている彼女がいました。扇風機を回して部屋に風を入れ、汗だくの寝衣を着替えさせました。それから毎日、看護師かヘルパーが身の回りの世話をしました。ありがとうと何度も仰いました。でも、人の手を借りないと満足に生活も出来ない自分を責めていました。やがて薬を飲まなくなりました。痛い痛いと言いながら、放っておいて欲しいと仰いました。私たちは、いったい何処まで彼女の人生に手を出してもいいのでしょう。ほどなく、お別れは来ました。それは、まだ私たちの議論が終わらぬうちに。
 心よりご冥福をお祈り致します。

オニユリ

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