ノースポール

「私は胃癌患者です。先生に僕の最期を診てもらおうと思ってやって来ました。」秋、寒くなりかけたある日の外来に、背の高いダンディな彼は訪れました。
 2年前に鹿児島で胃切除術を受け、術後8ヶ月目に肝に転移していることがわかりました。たくさんの抗癌剤療法を受けて闘病を続けましたがだんだん効かなくなり、全てを判った上で積極的な治療はしないで欲しいと希望されました。一見、お元気そうな笑顔を見ていると、他人事のように思えるその事実は、彼に突きつけられた悲しい現実でした。この岸和田へ転居されてきたのは息子さんにお世話になるためで、慣れない土地で、夫婦寄り沿うようにして暮らしておられました。奥様は亭主関白な彼に従い、彼は奥様に細かい気遣いをなさる、素敵なご夫婦でした。
 半年も外来通院されたでしょうか、どんなに混んだ外来でも、特別扱いされることを嫌われ、人に紛れてずっと待っていて下さいました。きっと身体がしんどい日もあったでしょうに。逆に私の身体のことも心配して下さるくらいでした。
 4月のある日息苦しさが強くなり、訪問治療に切り替えることになりました。訪問2日目には、もう意識レベルが低下してきました。意識が朦朧となる中でも、「来たよ」と声をかけると、しっかりうなずいてくれました。「指出して」と言うと、指し出してくれました。徐々に手足が冷たくなり、呼吸が荒くなったり静かになったり、もう次の日の夕方に、わずか4日でお別れは来たのでした。それは彼の希望通り、尊厳ある美しい最期でした。

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