カモミール

夫婦でバイクに二人乗りして、約4qの道を通ってくる。「不思議じゃの、癌は治ってしもおたみたい。ピンピンして畑にも行っとる。」ニコニコしながら報告してくれる。「新婚さんみたいやね。」と言うと、「時間がもらえたからなあ。」と意味深なことを言った。3人の子育て期間は、二人とも働きづめでお互いを顧みる時間もなかったらしい。

3ヵ月前は、ヒーヒーと呼吸の度に音がして、咳き込むと止まらなくて、外にも出られなくなって、慌ただしく訪問診療が開始になった。肺癌は肺癌だけど、状態が悪くなったのは感染のせいだったらしく、抗生剤や気管支拡張薬の連日の点滴で症状は消えてしまった。右肺は相変わらず癌で詰まっていて全然膨らんでいないから、酸素飽和度が上がらないのは変わりなかったけれど、彼はすっかり元気だった。訪問診察に医者がやってくるのさえ待っていられず、外来通院に切り替えた。

それから1年半、抗癌治療は何もせず全身状態の管理だけで、彼は元気だった。夏の終わり頃、全身倦怠感をやたら訴えるようになってからは、病状の進行は早かった。すぐ訪問診療を再開した。「死ぬのも怖いけど、死ぬのを待ってる時間が一番怖い…。」彼はしょっちゅうパニックを起こした。「先生、もう楽にして下さい。」一睡もしていない目で私を睨んでいるかと思うと、拝みながら泣きながら死に導く薬を懇願した。

 笑って過ごす時間もあった。車で、だけど畑にも連れて行ってもらった。その3週間は辛い時間だったと思う。最期は穏やかに、彼は66年の一生を終えた。

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