ダイヤモンドリリー

 近くにお住まいだったこともあって、彼女はおそらく開院当時から来てくれていた。心配性で、ちょっとした身体の変化が不安の種になる。糖尿病だけど病状は軽い。骨粗鬆症があるから、毎週補助車を押してリハビリと筋肉注射にやってくる。86歳にしては肌の綺麗な、ふっくらした笑顔のかわいい人だった。
 少し手のかかる弟さんと二人暮らしで、「自分がしっかりしなきゃ。」と、自分に言い聞かせていた。なのに、急に貧血が進み、食べられなくなった。痩せてきた。そして大腸癌が見つかった。病状を説明し、連日の点滴を要した。家はすぐそこなのに、通院できない日もあった。「先生、家に来て」と彼女は言った。
 訪ねると、しっかりした生活ぶりだった。部屋はきちんと片づけられていて、二人住まいなら十分に広かった。来てと彼女が言ってくれたのに、恐縮されてベッドの上に正座して迎えてくれた。「少しでも元気になってくれるように頑張るね」と言うと、「私も頑張ります」と、ほほっと笑ってくれた。自分の身体のこと、どれくらいちゃんと判っていらっしゃったのだろう。
 気分が悪くて洗面器を抱えたまま、じっと宙を見ていた。「食欲はあるのに食べられないんです」と。弟さんは甲斐甲斐しく、協力してくれた。お姉ちゃんのために、かつては好きだったものをまめに買いに行ってくれた。身の回りの世話を一生懸命してくれた。彼女は、弟さんが居てくれたから、最期まで家に居たかったんだと思う。居られたんだと思う。
 心から、ご冥福をお祈りしています。

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