アザレア

 「ずっと診てもらっていた先生に癌を見つけてもらったんや。それは悲しかったけど、貧血の原因も判ったし見つけてくれて良かったと思う。胃癌と食道癌のダブルパンチやて。そこから出血してたんや。抗ガン剤は頑張って受けたけどあんまり小さくならんかった。お腹ばっかり膨らんで苦しかったから、いらん水抜いてもらった。もう3回も…。でもこれからは先生が来てくれるから、もう病院には行かない。今日、ありがとうって礼を言うてきたんや。」彼は、訪問診療開始後初の通院のあとで、そんな事を言った。入院は考えてもいないらしかった。痩せ始めた身体を、コタツから起こすのさえしんどいらしい。体力を通院なんかに使わずに、少しでも体調を整えて、少しでも楽に、残る時間を過ごす覚悟をしている彼は、潔かった。

 自力で歩くのもリハビリ!と、妻は手を貸さなかった。トイレに行く3回のうち1回は転倒し、ガラス戸を割ったりした。だから、夜だけは安楽尿器を使ってもらった。でもまもなく「便秘」「下痢」を繰り返し、オムツ使用に代わった。ベッドが嫌いで、お布団ばっかり使っていたら、お尻が痛くなって褥創が出来はじめた。食べられないことも手伝って、体力は低下した。一つずつ一緒に解決しながら、でも、確実に終着に向かって時間が過ぎていった。

家に居て良かったこと。思い切って訪問入浴をして、喜んでもらえたこと。真夜中に補液をして身体が楽になったこと。娘達がちゃんと人生を見届けてくれたこと。

家族に疲れが見え始めたある日、見計らったように、彼は逝ってしまった。

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